安楽寺由緒

安楽寺

安楽寺は、明治18年(1885年)に本山命により、蝦夷のこの地に開教の礎を築きました。
開基住職横湯僧潮法師は、新潟県高田市光勝寺第十三代住職、横湯真海師の次男として文久2年3月に誕生。明治28年に厚別説教所を、そして明治32年に寺号「安楽寺」認許となり、新寺建立に心血をそそぎ、昭和6年に往生の素懐を遂げました。

第二世住職横湯通之法師は縁あって福井県南条郡の淨教寺より入寺し、教化活動に力を注ぎました。特に日支事変より中国に渡り従軍僧として派遣、前線を走り戦死者の遺骨を収集しながら英霊奉安所を建立し、後に南京城内に、南京別院(南京本願寺)を建立して輪番として活躍しました。終戦後は社会福祉の為に尽力、また宗門にあっては青少年教化、子女の教育に情熱を持って、現在の北海道龍谷学園(旧小樽双葉学園高等学校)、旭川龍谷高等学校の校長、小樽別院輪番などを歴任しました。自らの最後の職務として幼児教育に力を傾けた昭和45年に病に倒れ、昭和52年9月、その志を副住職横湯徹之法師に引き継ぎ、往生の素懐を遂げました。

第三世住職横湯徹之法師は父亡き後、 昭和53年に住職の重責を継職されました。厚別地区が札幌市の都市計画で副都心として急変し住宅化が進む中、昭和45年、父通之法師の意を受け継いで、学校法人やすらぎ学園を設立し、厚別幼稚園を開園して「まことの保育」に専念すると共に、地域の青少年の育成に携わり、宗門にあっても教化の面に活躍しました。昭和50年には安楽寺開教90年記念事業として70年間にわたって風雪に耐え抜いてきた本堂、納骨堂、庫裡を解体、そして新築と門信徒一致協力してこの大事業を完遂致しました。また、昭和60年6月には、本願寺第二十三代門主勝如上人による御親修を頂き、盛大に開教百年記念慶讃法要を勤修。そして平成10年、安楽寺寺号公称百年記年慶讃法要を修行致しました。慶びもつかの間、長い間背負い続けてきた病に冒され、平成13年7月、志し半ばにして往生の素懐を遂げました。

開基以来、120年を迎えようとする平成14年に、現住職横湯誓之法師が継承いたしました。亡き前住職の跡を護り、当寺護寺、そして「まことの保育」に専念し、幼児教育の為に尽力しております。平成17年9月、当寺第四世住職継職奉告法要、開教百二十年・寺号公称百十周年記念慶讃法要を盛大にお勤め出来ましたことは、何事にも代え難い歓びでございます。

開教以来百星霜、今後もこの安楽寺は、お念仏によって支えられ、励まされ、お念仏の和に結ばれる心の絆を大切に、安楽寺および門信徒一丸となって、お念仏の相続、護寺発展に力を注ぎたいと願うばかりです。


明治40年に建立された本堂伽藍


旧本堂での仏前結婚式


現本堂の落成法要

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です