御礼

 このところ暑い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 先般、父池田壽儀に際しまして、遠路わざわざご会葬賜り、またご丁重なる御香料、お心のこもった御供物を賜りまして誠にありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
 平成23年1月、父は、食事の際の喉のつかえ感を診てもらうため病院へ行ったところ、その日のうちに胃癌だと診断されました。
 今になって思えば、私達の結婚式(平成22年夏)の頃から「喉に何かひっかかるような感じがする、胃の調子がよくない」等と言っておりました。大食漢の父だったため、食べ過ぎか逆流生食道炎かぐらいに簡単に考えておりました。突然の宣告に驚き、急遽帰省し担当医からお話を伺ったところ、父に残された余命は短いものでした。
すぐにでも手術をした方がよいとのことでしたが、父本人は「初めての孫が6月に生まれてくるから、先生、孫の無事を見届けるまでは手術台には乗れない。孫を一目見ることが出来たら、その後は全て先生の言うとおりにします。」と言い張り、寧々の誕生を見届けた後、その年の7月に手術を受けました。
 手術は受けたものの容態は思わしくありませんでした。
それからは、父へは病状や余命を伏せ(告知を拒みましたので)、化学療法だけでなく免疫療法・温熱療法等受けてもらいました。明るく楽しいことが大好きで、これまで病院など通ったこともない父でした。不安と苦痛ばかりの日々だったと思いますが本当に頑張って病と闘っておりました。
 今年2月頃から、食事がほとんど摂れなくなり、3月には声が出なくなりました。癌細胞が声帯を巻き込んでいたためでした。病状は伏せていたものの本人もあまりの体調の悪さから「お母さんのことを頼むな。」と言い、枕にかけていたタオルで顔を覆いながら肩を振るわせていた姿が今でも頭から離れません。
 時には、「母のことを頼む」と言い、時には「寧々が歩くようになったら、浜辺に行き2人でカニ釣りをする。秋には一度家に帰りたい。」と言い、自分の身体の変化に不安を覚えながらも生きたいと懸命だったのだと思います。
余命を伝えることが出来なかった私達ですが、それが本人にとって良かったのか悪かったのか今でもわかりません。ただ、父の命が尽きる最期まで父は生きようとしました。体中に管を付けられ、意識朦朧とする中、物を握る力などないはずなのに、呼吸が苦しくなると自分で酸素バッグを押していました。父の躰につけられた心電図波形がモニターで表示されるようになり、日毎血圧・酸素濃度が下がっていきました。数値が下がるたび「お父さん、お父さん」と皆で声をかけるのですが、血圧も酸素濃度の下がっていく一方でした。ただ、寧々が声をあげる度、その数値は少しだけ上がりました。薬で眠らされて意識がないと思っていたのは私達だけで、父の耳には寧々の声が届いていたのだと思います。
 加療中、父から何度も何度も「こんなに元気に生まれてきてくれたんだ。寧々を大切に育てろ」と言われました。父の入院や治療に関して私は何も出来ず、母と妹にまかせきりだったにも拘わらず、父はいつも寧々のことばかり気にかけてくれました。どんなに辛い日でも寧々が病室に行くと起きあがって、あやしてくれました。出来る限りの力で寧々を可愛がってくれました。
 お恥ずかしいことですが、今はまだ父の死を受け入れられずにおります。
実家に行ったら、病院に行ったら、父に会えそうな気がしてなりません。
父が亡くなったんだと感じさせられるのは、小さくして持ち帰った父の遺影を見るときです。遺影を見る度、父にはもう会えないことを痛感いたします。
 父にはもう会えないけれど、娘の寧々の中に父がいる、父がいて私が生まれ、そして寧々が生まれました。お陰様で日々驚くほど娘は成長しております。父が亡くなってから3ヶ月が過ぎましたが、今では1人で立ち、歩き、片言ではありますがおしゃべりもします。簡単な意思の疎通も図れます。立ってヨチヨチと歩き、すぐにお外に行きたがり「はっぱ、はっぱ」と草木を指さし、お腹が空くと「マンマ、ウマウマ」と寄ってきます。この姿を父にも見てもらいたかったと娘の成長を見る度にそう思います。
 父が病に侵され、命を終え、今日までに沢山考えさせられました。父の死により沢山教わりました。苦しみ、病への憎しみ、親や妻、子どもを案じる気持ち、戦う強さ、不安、生きていることの大切さ、家族の大切さ、父の死を以て教わりました。
 受け入れ難い現実ではありますが、父が私達に残してくれた多くのことを大切にしながらこれから生きていきたいと思います。
 最後になりましたが、皆様には、父の入院加療中よりご心配賜り、また温かい励ましのお言葉を頂戴いたしましたこと、この場をお借りし改めて御礼申し上げます。
北海道の夏は短いとは言え、まだまだ暑い日は続きそうです。皆様どうか体調を崩されませんようお身体ご自愛下さい。                      

合 掌

追記
若坊守にはまだ悲しみが癒えない中、この原稿を書いてもらいました。涙を流しながらパソコンに向かっている姿を見るのはつらかったですが、皆さんにお礼を申し上げる為に頑張って書いてもらいました。まだまだ寂しさの中で生活をしなければならないと思いますが、ご門徒の皆様から賜る温かいお心をしっかり受け止め、精進してほしいと願っています。有り難うございました。(住職)

この記事が掲載されている寺報やすらぎ