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“友引”は「友を引く」? 葬儀の日取り

「友引の日に葬儀を行わない」という風潮はかなり広まっているようで、友引に当たれば、その翌日に葬儀を延ばす方が多いようです。なぜ避けるのかと言えば、友引は「友を引く」と書き、「その日に葬儀をすると、死者がこの世の人(友)を引っぱり、さらに死人が出る」というのだそうです。

まったくたわいものない文字の連想であり、仏教的には何の因果関係もありません。しかも「友引」というのは、日の吉凶を占う「六曜」の一つなのですが、本来は「友引」ではなく「共引」であり、意味も「共に引き合って勝負なし」すなわち「良くも悪くもない」ということなのです。したがって気にする必要は一つもないわけです。

それでもまだ、周囲の人たちの目を気遣って「皆が嫌がっていること(友引の日に葬儀を行う)を無理にしなくても…」と言われるかもしれません。
が、これも一見、筋が通っているようで、心情的にもわからないでもありませんが、よく考えるとやはりおかしいと言えましょう。
つまり、極端に言えば、たとえ間違っていると思っても「皆がするから自分もする」という理屈になります。すなわち、自らの意志判断の放棄であります。

ですから「友引」を気にする人がいれば、むしろ、気にする必要がないことを説き、安心させてあげるくらいの積極的な姿勢を持っていただきたいのです。それがお念仏に生きる真宗門徒の人生態度ではないでしょうか。何の根拠もないことに身を煩わせ、振り回されるのではなく、しっかりとした主体性をもって人生を歩む――その精神的基盤となるのが仏教であり、お念仏なのです。

なお、葬儀の日取りについては、まず第一に導師を務めるご住職(手次ぎ寺)の都合を聞いて下さい。葬儀社と遺族が決めてしまってからお寺に連絡しても、お参りできないことがあります。そうでなくても、葬儀を執りしきるは葬儀社ではなく、導師なのですから、ご住職に指示を仰ぐのが本筋です。

ポイント
◎「友引に葬儀をしてはいけない」というのは全く根拠がない。
◎葬儀の日取りは導師を務める住職の都合を聞いてから。

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