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教え tell me – vol.16 年末を迎えて

月日の経つのは早いもので、2017年もまもなく終わりを迎えます。ちょうど今頃、今年はどんな1年だったかなと、ゆっくり大晦日の特番を見ながら振り返る人も少なくないのではないかと思います。

さて、年末といえば「流行語大賞」があります。この1年に生まれたさまざまな流行語のなかで、特に世相を賑わせた表現なのですが、今年は「インスタ映え」「忖度」「共謀罪」「うんこ漢字ドリル」「ワンオペ育児」と候補がたくさんあり、いったいどれが選ばれるんだろうと思っていたところ…「インスタ映え」と「忖度」の2つが選ばれました。

「忖度」は、相手の気持ちをおしはかること。推察する。と国会でも使われていた言葉なので、なるほど!私も住職さんや佐藤さんに忖度しまくりだなあ!と思いましたが、「インスタ映え」と聞いたときに何のことやら?と思ったので調べてみたところ、有名人や一般人があちこち色々な所に行き写真を撮ってネット上に掲載した時に、その写真がすごく見映えがする、おしゃれに見える、つまり大勢の人たちが見た時に「それいいね!」と言ってもらえる写真のことを「インスタ映え」と言うらしいのです。

ただ、この「インスタ映え」には大きな問題がひとつあります。それは投稿者がどんな人物で、どんな生活を送り、何をしているかという人物像を作りあげることに必死になりすぎてしまうことが多々あるということです。たとえば、見た目の良い食べ物を購入し、撮影後食べずに捨ててしまう。ふたりで生活しているよう見せるため二人分の食事を注文し残してしまう、バッグや人気のグッズを購入し撮影後すぐに売ってしまう。立入禁止の場所や危険な場所で見栄えする写真を撮ろうとする。

こういった行動は、「食べ物やものを大切にする」ことへの感謝の気持ちを完全に無視した行いです。ところが、理想の自分を作りあげたい気持ちが強いあまり、こうした行動を取る人が少なくないのです。自分をよく見せたい、人気者になりたい、というのは人として当たり前の感情でもあります。たくさんの人に見てもらうためにすてきな写真を撮れば、その分「いいね!」と言ってもらえて嬉しくなるのも事実ですし、写真を撮るために旅に出ることもすばらしいことだと思います。

しかし、「いいね!」とたくさん言ってもらうことだけを自分の存在価値にしてしまっては、大切なものを見失ってしまうかもしれません。見せかけの自分にはいつか必ず限界がおとずれます。美しい自分、かっこいい自分だけでなく、自分自身の醜いところや恥ずかしいところを互いに理解し合うことで、私たちは本当の信頼を築けていくのではないでしょうか。年末を間近に控えて、思うことを述べさせていただきました。皆様良いお年をお迎えください。今年もお世話になりました。

合 掌

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教え tell me – vol.15 猛暑を迎えて

気がつけば今年も半年が終わり、あっという間に残り半分を切ることになりましたが、皆様には、いかがお過ごしでしょうか?札幌では125年ぶりの暑さが訪れ、なんということか夏の来ない北海道に夏が来てるのを肌で実感しているところです。私の実家九州も雨による被害が続き、特に九州北部では記録的な豪雨に見舞われた方が多くおられたかと思います。被害に遭われた皆様方へ心よりお見舞い申し上げます。

さて、私が九州にいた子どもの頃の話です。九州では必ずといっていいほど毎年台風や大雨が押し寄せてきますが、そのたんびに雨戸を閉め、さらに戸板を釘で打ちつけていた父の姿をよく覚えております。そこまでする必要があるの?と父に尋ねると、風で吹き飛ばされた屋根瓦が窓ガラスを突き破って入ってくるのを防ぐためだ!と言われ【風で屋根瓦が吹き飛ぶ?そんな馬鹿な!】と子どもの頃は思っていましたが、翌日かならず寺の屋根瓦が何枚か吹き飛んでいたのが現実です。一方で学校が休みになった夜、兄弟4人で停電の中ローソクつけてトランプで遊ぶことができたのも懐かしい思い出です。

また高校生頃の夏、鹿児島のバス停でバスを待っていたら、道の向こうから全然知らないおじさんがやってきて、
「大雨洪水警報でちょったやろが!バスは来んどぉ~歩いて帰れ~」と言われたときなど、【このおじさん何を言ってるんだ?大雨ぐらいでバスが来ないわけが…】と思っていたら、本当にバスは来ず、来ないどころかあれよあれよという間に水かさが増してきて、くるぶしから膝、さらに膝上まで水が来たときには後悔しても遅く、涙目でいのちからがら近所の知らない家に避難した経験が今でも鮮明に残っています。

最近では、テレビで大雨の時に車が水没した映像などを見た人が【こんな大雨の時に車で出かけなきゃ良かったのに…】と思うのが素人考えで、ところがどっこい当事者だってそんなことは百も承知していたつもりなのに、人間が思っている以上のスピードで川の水があふれてくるという経験が無い人だとそうなってしまうのです。

このような話をされた後に、北海道は台風が来ないから良いよね!なんてことを言われたことがありますが、以前の私ならともかく今の私は、【北海道は冬が醍醐味だからさ、一度北海道の一軒家で一冬過ごしてごらんよ。大汗かくから!】と言い返せるようになったのも、私がだいぶ「どさんこ」に近づいた証拠ではなかろうかと思う今日この頃です。

合 掌

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教え tell me – vol.14 師走を迎えて

2016年もまもなく終わりを迎えますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年は、リオオリンピック(史上最多41個のメダル獲得)や広島東洋カープの25年ぶりの優勝、日本ハムファイターズの10年ぶり日本シリーズ優勝、と輝かしいものがありました。

さて、私はよく映画を見に行くのですが、今年は特に良い映画に巡り会えたのではと思います。1500万人以上の人が見たアニメ【君の名は。】を見て感動し、宮沢りえ主演の【湯を沸かすほどの熱い愛】を見て涙を流し、【PK】インド映画を見て考えさせられたり、とさまざまでしたが、その中でも特に群を抜いて素晴らしいと感じた作品があります。それは、【この世界の片隅に】というアニメ映画です。

ファンタジーとして大ヒットした【君の名は。】と違い、【この世界の片隅に】という作品はノンフィクションで、呉市民を中心とした3000人以上の寄付金によって作られた映画です。

その内容は、第二次世界大戦下の広島、呉を舞台に大切なものを失いながらも前向きに生きようとするヒロインと、彼女を取り巻く人々の日常をいきいきと描かれている映画です。

終戦から70年以上が経過し、戦争を経験した諸先輩方のお話を聞くこともだんだんと難しい世の中になってきました。そんな中で当時の日本を知るきっかけとなってくれるのがこの映画の醍醐味であり、また戦争は映画の中だけの話ではなく、私たちが生きるこの日本で起こったことで、私たちの祖先がその厳しい時代に生き抜いてくれたことが、今ここで生きる私達の生活に繋がっているという気持ちを思い出させてくれるのです。

私の祖母も母親も広島県出身です。一歩違えば(広島で出産)母もこの世に産まれておらず、つまり私もこの世に生を受けてなかったんだよ、と教えてくれたことがあります。子供の頃によくつれていかれた原爆資料館では、いまだにあの写真がこの世のものとは思えないと感じてしまいます。戦争は多くの人が嫌うものですが、この映画を見たときに私が感じたのは、戦争が遠い過去の記憶として封印されるべきものではないと言うことです。私たちの多くは戦争を知りません。けれど、知らないからといって私たちには関係のないどうでもいい時代だと割り切ることは決してできないのです。戦争を知らない私たちだからこそ、この時代に生きてきた人達のことを忘れてはいけないし、語り継いでいかなければならないと思います。過去から続いてきた決して途切れることのない命のつながりがあるからこそ、今わたしがここにある不思議に気づかされる、そんな忘れてはいけないものが【この世界の片隅に】という作品につまっているのでは…と私は感じました。

親鸞聖人は教行信証の一番最後に、「前に生まれるものは後のものを導き、後に生まれるものは前のものの跡を尋ね、果てしなくつらなって途切れることのないようにしよう。それは数限りない迷いの人々が残らず救われるためである」と安楽集のことばを表記しております。先立つ御方をどういただいていくか? これは今に生きる私たちだけではなく、いつの時代にも必要なことではないでしょうか?

合 掌

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教え tell me – vol.13 初盆を迎えて

気がつけば今年もあっという間に半年が過ぎ、お盆を迎える時期がやってまいりました。5月6月は北海道でも雨風が強い日が続き、体調など崩された方が多かったのではないでしょうか?私の実家九州も雨による被害が続き、記録的な豪雨に見舞われた方が多くおられたかと思います。被害に遭われた皆様方へ心よりお見舞い申し上げます。

さて、今年は初盆を迎えるのだけれども、どのようにすればいいのだろう?と悩んでおられる方も多いのではないでしょうか?私事ではありますが、私も昨年11月4日に大正4年生まれの祖母を亡くし、初盆を迎える立場にあります。葬儀の際、私の父が門徒の皆様に申したお話をご紹介致します。

(以下、私の父の話)

母が危篤であると言われたのが10月25日のことでした。年齢的なことを考えれば、こういう日が来るのは当然のことと覚悟してはおったんですがやっぱり寂しいものです。ただその当時、私の弟の長男が11月初めに結婚式をひかえておったところに母危篤の知らせが家族親戚に知れ渡ったものですから、参加をひかえさせていただくかもしれない、と次々に連絡が来たそうです。それを聞いて私は母の枕元で「かあちゃん康信の結婚式があるんじゃけど、もう少しだけ頑張ってくれんかなあ」と言い、親戚には10月30日まで母が生きておってくれたなら、どうか皆さん結婚式に参加してあげてくださいとだけ伝えた。すると不思議なことに母の体調が一時的に安定し、結果的に私を含めた親戚の皆で康信の結婚式を祝ってあげることができました。結婚式が終わって母の元に戻るとすぐに、「無事に康信の結婚式をあげることができたよ。かあちゃん、ありがとう」と伝えたその日の晩、深夜に母は息を引き取りました。偶然かもしれません。けど私は、母が康信の結婚式のために頑張っておってくれたんだなあと、いくつになっても親というのは本当にありがたいものだなあと頭が下がる思いで手を合わさせていただきました。と(以上が父のお話です)

浄土真宗で迎えるお盆は、亡くなられた方の歩んで来られた道を思いだし訪ねたとき、私がこれまでどう生きてきたのか?これからどう生きていくのかを真剣に考える日なのだなあと教えられます。 やがて必ずいのちを終わっていかなければならない私が、なぜ生きるのか、生きていかねばならないのか、人生の根本問題を知らされてこそ、お盆の本当の意味があるのではないでしょうか。

合 掌

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教え tell me – vol.12 感謝について

2015年も残すところあとわずか、年末年始の過ごし方をすでに決められている方も多いことかと思います。子どもの頃は、どきどきわくわくの年末年始も大人のわたしたちにとってはせわしなくあっという間に過ぎてしまう季節ではなかろうかと思います。

私がデンバー仏教会で開教使を勤めさせていただいていた頃の話です。秋から冬にかけて様々な行事が開催されておりました。10月はハロウィン、実際にカボチャでランタンを子どもたちと一緒に作ったり、日曜学校の後に子どもから大人までがそれぞれの部門で仮装大会を開催して楽しんだりしました。そして11月第四木曜日には感謝祭Thanksgiving Day !特に感謝祭は、本来は仏教にはない行事であるはずなのに、デンバー市の聖職者たちがひとつの教会に集まり(毎年持ち回りで教会が変わる)それぞれの宗教の信者さんたちも自由に同じ教会に集まり、聖職者(仏教・キリスト教・ユダヤ教・イスラム教)たちが自由にお経をあげたり、祈りを捧げたり、バスケットに入れた食べ物を配ったり(おかき・クッキー・パン)本当に多種多様な行事をすべての信者さんの前で執り行うことが許された、宗教の隔たりを超えた驚愕の行事でした。

そもそもこの感謝祭の起源は、1621年イギリスからアメリカに移住した人たちがアメリカで初めての収穫を神に感謝し、冬を越す知恵を授けてくれたネイティブアメリカン(先住民 インディアン)を招待して祝宴を催したことに由来しています。この最初の感謝祭の約1年前の9月、移住者たちを乗せたメイフラワー号はイギリスを出発し、苦しい2ヶ月間の航海の末にアメリカに到着します。しかし新天地で彼らを待っていたのは厳しい冬。満足に食べ物もなく、最初の冬を越す間に多くの仲間を失います。そんな彼らは、インディアンの知恵のおかげにより、冬を充分越せるだけの収穫を得ることができたのです。インディアンに感謝を捧げるため彼らを招待し、丸3日間の祝宴を行いました。七面鳥や野菜が並べられ、感謝の祈りが捧げられます。そしてインディアンと手を取りあって歌ったり踊ったり。これがアメリカの感謝祭の起源です。

私たちの住む日本には感謝祭という行事はありませんが、秋初穂という行事があります。これは秋に収穫を終えたお米(初穂)を仏様にお供えをし、自然の恵みや親の恩、そして仏さまのお慈悲に感謝する法要で、現在ではお隣の眞願寺さまにて毎年12月3日に「秋初穂感謝法要」が執り行われております。この感謝の気持ちを私たち浄土真宗では、報恩感謝という言葉でいただいております。それは、自分を生み育ててくれた両親、学ぶ喜びや楽しさを教えてくれた先輩たち、いつも支えてくれる人々、自然の恵みなど、すべてが誰かのご苦労の中に生かされていたのだ、という「おかげさま」の心から出てくる感謝の気持ちであります。

私たちは、普段の生活の中で自分の考えや主義主張を立てて、若さや経済力を頼みとし、生きていると勘違いすることが多々あります。しかし、人は一人では生きていけないものです。生きていけば迷惑をかけ、誰かに頼ったり、頼られるからこそ「ありがとう」の感謝の気持ちが生まれてくるのではないでしょうか。今年もこのおかげさまの心を大切にし、新年を迎えさせていただきたいものです。

合 掌

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教え tell me – vol.11 夏といえば…

気がつけば今年もなかばが過ぎ、あっという間にお盆の時期を迎えることになりましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?私はというと、夜は夜で遅くまでテニスを応援し、朝は朝で早くからサッカーを応援するという日本応援日が多かったような気がします。

 また、お寺では4歳を迎えた寧々ちゃんが毎日汗まみれになりながら、元気いっぱい夢がモリモリと成長する姿を目の当たりにすることで、当たり前のように思える毎日が実は大切な毎日であることを教えられています。

さて、夏といえば、子供のころからの定番【夏祭り】が思い起こされます。私が幼いころ必ずといっていいほど家族で地元の花火大会に出かけ、リンゴ飴に金魚すくい、フランクフルトに型抜き、とひとしきり夜店をまわった後にみんなで眺める花火、そして最後にいつもの喫茶店で食べるかき氷が特別な味に感じられたものです。遠い子供のころの思い出とはいえ、おとなになった今も記憶に残っているのは本当にありがたいことです。しかしながら、大人になるにつれ楽しむ側から、楽しませる立場になることに徐々に気づかされます。

大学時代は子供たちを引率し、夏のキャンプを楽しんでもらうために様々な工夫を凝らすのに苦心しました。また、おとなになってからも、開教使として米国に赴任させていただいていたときには、今度は寺の檀家さんたちと会議を重ね【さくら祭り】のイベント成功のために創意工夫を重ねたものです。あらためて考えてみますと、子供の頃に楽しんでいた私たちが、今こうしておとなとなり、今度は子供たちを楽しませる立場になったのには大きな理由があります。

それは、大人になった私たちにとって大切なことを教えてくれるひとつが、子供の成長する姿にあるからではないでしょうか。私たちは、生きていく上で嬉しいことや悲しいことをきちんと受け止めて生きていかねばなりません。それは、最初からできることではなかったはずです。それがきちんとできるようになったのには、まず先輩たちから大切なものをいただき、そしてそれを次の世代へと伝える、その伝達こそが今生きている喜びが生まれてくる【お念仏】の教えだったと気づかされるのです。「念仏者は無碍の一道」と言う言葉がありますが、それは今ここにある私が、たとえどのような状態にあってもそれを受け止め、生きていくことができる道を教わり、そして教えていったからこそ、今もこうして念仏の声が続いていると感じています。

合 掌

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教え tell me – vol.10 青色青光 黄色黄光

私がアメリカのロサンゼルス別院に奉職していたころ、お寺の近くに小さなジャズバーがあり、そこに初めて行ったときの話です。

店の外観からするに、あまりというか、まず日本人の観光客が訪れることがない様な雰囲気の店で、バーには私ともうひとり、鶏のトサカ頭の暴走族風な兄ちゃんがいて、だいぶできあがっている様子で、突然私に泣きながら話かけてきました。(その時は来たことをものすごく後悔・・・)

「おまえ日本人?おまえ、アメリカの飯はまずいって思ってるんだろ?なぁそうだろ?」

「勘違いするんじゃねーぞ。アメリカの飯が特に不味いんじゃーない!お前の国がものすごく恵まれてるんだよ!なぁそうだろう?」

「ふざけんなよファッキンジャップがぁ。俺だって味噌汁は大好物なんだよ。」

「お前たち日本人は卑怯だ。ずるい。同じ国でこの差はなんだよ糞が。ファッキンジャップ、ファッキン、シット、ミソスープ」

生まれて初めて泣き上戸の外人に出遇い当初は驚かされましたが、間に入ってくれた店員さんから話を聞いてみると、彼は大の日本好きで、普段はこんな乱暴な話し方はしないが久々に店に日本人が来たから仲良くしたかったのでは?とのこと・・・

 酒が抜けたあとで話をしてみたら、見た目に似合わず誠実な人で、この時の事も素直に謝ってくれました。私が近くのお寺でお坊さんをしているということを伝えると、更に驚いた様子で、今度の日曜お寺に彼女と一緒に行ってもいいですか?と言ってくれました。

何年か前に日本に旅行に来たことがあって、そのとき食べたおにぎりと味噌汁が忘れられないのが日本を好きになったきっかけだそうです。

私たちは、ひとりひとりがそれぞれの価値観(考え方)を持って、できるなら間違いをおかさず、人を傷つけず、なるべく正しい行いをしながら生きて行きたいと考えています。しかし、一番正しいと思っている私の考えは、やはり他人から見ればそれは偏見だ!と言われても仕方のないことが度々あります。

青いから美しい、赤だから刺激的、と優劣や善悪の判断を容易にしてしまう私たちには、どうしても自分に都合の良い見方しかできないため、本当に大事なことや大切なことを見つめるチャンスを失っていることが時々あるのかもれません。

ありのままに物事を見ることができない私たちだからこそ、今日もまた手を合わさせていただく生活を送るのかもしれませんね。