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消えたら死者が迷うのか? 中陰中の灯明

中陰の法要でお参りした時のことです。勤行がすみ、今後の仏事について相談を受けていたところ、遺族の一人がローソクの火が消えているのに気づき、あわてて新しいローソクに火をつけようとしたのでした。
この方のように、中陰の間は「お灯明と先行は絶やしてはいけない」と思っている人が意外に多いようです。その灯明と線香も、お仏壇のそれではなく中陰壇のほうで、「もし絶やしたら、死者が迷う」というのです。

人間、こだわりだしたら切りがないもののようです。火がついているか、消えているかで、死者が迷ったり悟ったりするものでないことぐらい、ちょっと考えればわかりそうなものですが、実際そうした迷信が頭に入っていると、いざ火が消えればなんとなく気持ち悪く感じ、絶やさないように神経を使ってしまいがちです。

ものの道理がわからず迷っているのは、実は死者ではなく、生きている人自身と言えましょう。ローソクの火が消えてなくなれば、「あぁ、人生もこれと同じように無常だな」と感じるぐらいになればいいのですが…。

もっとも、最近は便利になったもので、中陰壇には電気のお灯明があり、線香も長時間保つ巻線香が使われたりします。これなどは「絶やしてはいけない」という迷信の産物と言えるかもしれません。

しかし、仏前に供えるお灯明やお香は、阿弥陀如来の智慧と慈悲のお心を表しています。そして、如来さまを讃える気持ちで捧げ、捧げたそれらからまた、如来様の真実を味わわせていただくものなのです。けっして故人の遺骨に捧げているのではありません。

そうしたことから、お灯明や線香はお勤めや礼拝の時に火をつければよいのであって、四十九日間ずっとつけておく必要はありません。特に夜など火の用心の上でも危険です。

なお、火を消すときはローソクを抜きとり、火消し道具か小型ウチワで消してください。

ポイント
◎中陰の間でも、灯明や線香はずっとつけておく必要はない。
◎お勤めや礼拝の時に火をつければよい。
◎火は口で吹き消さないように。